シェアハウスで起きた運命の出会いで結婚!アメリカ永住することに

MR.Kale
親友の留学を心待ちにしていた中で起きた突然の親友妊娠。新たにシェアハウスを探し引っ越したことで運命の出会いが…自分に外国人の彼氏ができるなんて!帰国したり色々あったりしたが3年後、結婚しアメリカに永住することになるなんて思ってもみなかった。

新天地アメリカ

夢だったアメリカでの就職が決まり、移住を決めたのは27歳の時。

「アラサー」と呼ばれる年齢になり、周りの友人は結婚、出産ブームの真っ最中だった。
母親からは、「いつになったら結婚するの?」と嫌味を言われながらも、彼氏もいなかった私には、そんな周りの目から逃れるには、アメリカ移住は最高の逃げ道となった。

まだやりたいことが沢山あった私にとって、アメリカは最高の場所だった。

最初の住居は、シェアハウスに決めた。
慣れない土地での1人暮らしより安心感があり、お金もセーブできるからだ。
ルームメイトはデザイナー、ミュージシャン、翻訳家の卵、ファッションバイヤーと、様々な人達が集まっていた。
ここでは出会う誰もが皆、自分の夢を追いかけ、好きなことを楽しんでいる。
この場所なら、誰にも文句を言われず自分の目標に向かって進める、そう感じた。

家が決まったら次は車探しだ。
電車やバスがそれほど普及していないアメリカでは、一人一台車を持つのは当たり前、車がないとどこにも行けない。

日本では20歳の時に運転免許を取ったものの、東京に住んでいた私は運転する機会もなくずっとペーパードライバーだったので、まさかアメリカで運転をすることになるなんて。
「すぐに慣れるよ」と周りから言われるものの、一般道でさえ片側4車線なんて当たり前、誰もが100キロ近くのスピードで走っている道で、どうやって慣れろというのか。
最初は職場までの10分の道のりですら怖くて仕方がなかった。

職場では、とにかく必死に仕事を覚えた。
毎日のルーティーンが出来てくると、余裕も出始め、日々を楽しめるようになって来た。

週末はルームメイトとハリウッドやサンタモニカなどでパーティーを楽しみ、ビーチに行ったりBBQをしたり、とにかく楽しい生活だった。

親友の留学

アメリカに移住して一年が経った頃、日本の大親友が語学留学の為、アメリカにやってくることになり、学校探しから生活情報など、アメリカで暮らすために必要なことを毎日スカイプで話しながら、その日が来るのを楽しみにしていた。
一緒に住もうと決めていたので、2人で住めるアパートを探し始め、気に入っていたシェアハウスも出て行くことにした。

そんな中、毎日欠かさず連絡を取っていた親友と連絡が途絶えたのは、渡米3週間前のことだった。
電話をしてもメールをしても、一向に返事がない。
忙しいのか、何かあったのか、心配な日が続いた。

一週間ほど経ったある日、一通のメールが届いた。
「連絡してなくてごめんね。アメリカに行けなくなっちゃった。妊娠しちゃったんだ・・・」 まさかの展開だった。

親友が来れないなら、アパートを借りたって1人じゃ家賃を払いきれない。
オーナーに出て行くことを告げていたので、すでに私の部屋には新しい入居者が決まっていた為、私は急いで新しいシェアハウスを探し始めた。

運命の出会い

引越しが決まったのは、海から歩いて10分の所にあるシェアハウス。
陽気なアメリカ人の男の子と、優しいベトナム人の女の子が私を明るく迎え入れて入れた。

荷物を部屋に運び込んでいると、ルームメイトが誰かを連れて私の部屋に来た。
「近所に住んでいるMだよ。」金髪の爽やかな笑顔のアメリカ人の男の子はルームメイトの友人で、2人は友達の誕生日パーティーに出かける所だった。
「一緒においでよ!」と誘われ、荷ほどきも途中のまま、一緒にパーティーに参加することに。

パーティーではすっかりみんなと打ち解け、特に友人Mは日本に住んだ経験があり日本語も少し話せたので、話が盛り上がりすぐに仲良くなった。
それから何度か同じメンバーで一緒に遊ぶようになり、いつの間にからか友人Mとは2人で会うようになっていた

Mと付き合い始めて数ヶ月が経った頃、アメリカ滞在に必要だったビザの終了期限が近づいていた私は、彼との未来を不安に感じていた。
新たなビザを申請する必要があったが、取得に様々な基準があるアメリカでは、そんな簡単にはいかない。

夢の海外での仕事をやっと手に入れたのだからと、与えられた仕事は常に忠実にこなし、嫌なことがあっても負けるものかと歯を食いしばって頑張って来た。
その甲斐あって同僚や先輩達から信頼されていたこともあり、私の仕事ぶりを認めてくれていた社長が、私を辞めさせまいと必死に動いてくれたにも関わらず、次のビザの目処がつかないまま、ついに期限がきてしまった

アメリカに残りたくてもどうすることもできず、車や家具も全て売り払い、日本に帰国せざるをえなかった。

まだ付き合いたてだった彼とは、見えない未来に落ち込むよりは明るく笑っていたかったので「また会おうね。」とだけ約束をし、日本へ帰国した。

再出発

帰国後グダグダしてはいられないと、すぐに気持ちを切り替えて就職活動を開始した。

2週間ほど経ってから、友人のツテで外資系の会社を紹介してもらい、さっそく面接の日が決まった矢先だった。
アメリカの会社の社長から「ビザが取れるかもしれない、戻って来るか?」との連絡が入った。
あまりの嬉しさに飛び上がり、即答で「はい!」と答えた。
私が退職してもなお、社長自らビザを取れる方法を探し続けてくれていたなんて、彼には本当に頭が上がらない。

そして日本に帰国してわずか1カ月半で新しいビザが発行され、アメリカに戻った。

職場の同僚にも大歓迎され、彼や彼の家族も大喜びしてくれた。

結婚、そしてその先の未来は

そして彼と付き合い始めてから3年が過ぎ、私たちは結婚した
大親友の妊娠がきっかけで住み始めたシェアハウスで彼との運命の出会いがあり、一度はアメリカを離れたものの、社長が粘り強く、私を見放さないでいてくれたおかげで、今もこうしてアメリカにいることができている。

アメリカへの就職が決まった時は、まさか永住するなんて思ってもいなかった。

ずっと私の結婚を願っていた母親も、まさか私が金髪のアメリカ人と結婚するなんて、夢のまた夢にも思ってなかったことだろう。

任された自分の仕事を忠実に、一生懸命になって取り組んだことで社長に認められ、自分の未来に繋がった。

私はこれからも今の仕事を続け、私の人生を変えてくれた社長に恩返しをしたい。

自分に与えられた環境に常に感謝し、どんなことでも手を抜かず取り組むことで、必ずあなたの事を認めてくれる人がいる。
あなたの頑張りをどこかで見ている人がいる。
だから一生懸命になろう。

未来を作っていくのは自分なのだから