安定した職場を早期退職し、フリーランスへ

Ayaka Ichinose
なんとなく公務員という安定した職についたもののわずか9カ月で退職し、夢だった英語を使った仕事についた話を紹介します。留学までして英文学を学んでいたのに公務員で働くことに「自分のしたい仕事じゃない」と気づいた自分は退職し、「翻訳家」へ。今では翻訳の仕事の幅を広げつつ、大好きな「旅」を続けてさらに豊かな人生を目指しています

それなりに楽しんだ大学生活

こどもの頃から英語が好きで、いつかは英語を使った仕事がしたい!そう思って私が入学したのは、有名私立大学の英文学科。
大学では英国人の教授の下で英文学を学び、サークルにも所属し、外国人が沢山働くレストランでアルバイトもし、それなりに外国の文化には触れてきたつもりになっていた。
本当は、1年間の留学も希望していた。しかし、休学して留学しても、大学の交換留学制度を利用しても、結局は300万円以上の資金が必要。その金額を知り、早々に留学はあきらめてしまった。
バイトにサークル活動、旅行に勤しみそれなりに楽しんだ大学生活を送っていた。
明確なビジョンの無い就職活動
なんとなく楽しんで、なんとなく勉強をした後に、誰もが直面するであろう就職活動の時期がやってきた。
何が何だかわからないまま、リクルートスーツやバッグ等の就活グッズを一式新調し、みんなと同じように、まずは大学主催の就活セミナーに参加したり、企業説明会に参加したりした。
私の通っていた大学では、基本的には大企業を目指し実際に名のある企業に就職する人が多かった。また、銀行などの金融関係の仕事も非常に人気が高く、なんとなくそういった企業を受けていくのだろうなと考えていた。
また、私が所属していたのが英文学科ということもあり、周りの女の子たちの中ではキャビンアテンダントを目指して、大学2年生の頃からエアラインスクールに通って就活準備をかなり早くから進めている人もいた。
そんなこんなで、特に業界を絞らずに、周りの様子を見つつ、航空会社の試験も受けた。
正直、キャビンアテンダントという職の華やかさには憧れつつも、機内食を配布したり機内アナウンスをしたりという仕事内容についてはそこまで興味を持てないまま最終選考まで進んだ。
しかし、明確なビジョンがなく、いつも最終面接で落とされてしまう私。
そのような中で、某政令指定都市の市役所が実施している、上級職の採用試験を友人に薦められた。市役所というと、真っ先に「公務員試験」というワードが頭の中に浮かんだ。私の通っていた大学でも、公務員、特に政令指定都市の市役所や国家公務員は人気で、試験も難しいのだろうなと思っていた。
しかし、話を聞いてみると、その市役所では一般的な公務員試験とは別に民間就活をしている人向けの試験を用意していて、SPIと面接のみで受験できるという。
待遇も悪くないし、安定している。悪くないなと思い、受験を決意。あっさりと内定を頂いてしまった。

なんとなく始まった社会人生活

そんなこんなで、知名度や福利厚生などを考えても悪くない、市役所に就職することになった私。
4月1日の入庁式では、多くの同期と一緒になったが、周りとの温度差に驚いてしまった。
公務員試験組の中では難易度が高かったのだろう、この市役所に入れたことを非常に喜んでいる人たちばかりであった。そんな同期達を見て、こんなわたしがここにいていいのだろうか・・・そう思いながらわたしの社会人生活は幕を開けた。
それからすぐ、区役所に配属された。仕事内容は、一般的な公務員の仕事のイメージとは違って、意外とクリエイティブな仕事もあり、楽しい一面もあった。同期や先輩、上司にも恵まれ、とくに何の問題もなく、暫くは仕事をしていた。

このまま働いていていいのだろうか?

しかし、仕事を始めて2か月程経った時、ふと、思った。わたし、なんで公務員してるんだろう・・・しかも、自分の地元でもない市役所で。
わたしは英語が好きで、英語を使った仕事をしたかったんじゃないのだろうか。このまま約40年、市役所で働くのだろうか。
たしかに、福利厚生は整っていて、公務員の中でも私の働いていた市役所は給料も高い方だった。結婚しても、続けられるだろう。産休・育休制度も整っており、こどもを産んでも戻って来られるのが当たり前の職場だった。
でも、自分のしたい仕事じゃない。
そう気づいてからは、早かった。インターネットでの情報収集のみならず、本も読み漁り、転職について学び、自分のしたい仕事を絞っていった。

ずっと憧れていた仕事

「辞めたい」そう思ってから、就職活動の時期には見えて来なかった自分の本当の気持ちが見えてきた。
ずっと、なれたらいいな・・・そんな風に思っていた職業、それは「翻訳家」。
でも、それは夢のまた夢だった。翻訳の仕事というのは、会社専属の翻訳者としての仕事ができる人は本当に一握りで、ほとんどの場合、フリーランスという形をとって仕事をしなければならない。収入は安定しないし、いつ次の仕事がなくなるかわからない。そんな仕事だから、就職活動の時には選択肢の中にはなかった。
それでも、調べてみると、翻訳会社が運営している翻訳学校を優秀な成績で卒業し、翻訳会社の実施するテストでもそれなりの点数をとると翻訳の仕事を紹介してもらえることがわかった。
わたしは、それに飛びついた。
すぐに、翻訳の学校に入校し、翻訳の勉強を死に物狂いで始めた。とにかく早く退職するために猛スピードで授業を消化し、仕事以外の時間は翻訳の勉強にあてた。
もともと、TOEICは900点以上あり、英語の読み書きは得意だったこともあり、卒業は普通の人よりも早めに出来、ありがたいことに良い成績をとることができ、試験の点数も良かったため、翻訳の仕事を紹介してもらえることになった。

翻訳家×ブロガーというフリーの道へ

公務員は兼業禁止であることから、すぐに退職を決意。入庁してわずか9か月での退職である。退職することを周りの友人・知人に告げると、みんなが口をそろえていう言葉、それは「もったいない」。
確かに客観的に見れば、安定した職場を辞めて不安定なフリーの道を歩むなんて・・・と思われるのも無理はない。
しかし、今、ひよっこではあるものの、ようやく憧れの仕事につくことが出来た。このチャンスを逃したくない。
翻訳家だけではなくて、今はブログも開設し、旅ブログも執筆しており、少しではあるがそれにより収入も得ている。
「働き方」ということを考えれば、フリーという形が私には一番合っていると改めて思った。翻訳の仕事も、ブログの執筆も、パソコンさえあればどこにいても出来る。
今後は、翻訳の仕事の幅を広げつつ、大好きな「旅」を続けてさらに豊かな人生を目指していきたい。