離婚をきっかけに本当に大切な事に気づけました

mana
2年ほど前に旦那と離婚。当初は仕事も忙しく現実を受け止めることが辛く、時には悲しみと怒りがループする日々でしたが、友人や家族に支えられ離婚して2年、彼が当初どう思っていたのか、本当は何が大切だったのかをわかるようになりました。

私は2年ほど前に離婚を経験しました。
離婚はとても辛く苦しいものでしたが、自分のダメな事や離婚があったからこそ気づけた大切な事がたくさんありました。
当時は辛くて苦しくて仕方ありませんでしたが、今となってはそれも自分が成長する為にったのだと思っています。

元旦那さんとの出会い

彼とは職場が同じでした。
私が配属された店舗に私より3カ月ほど先に入社していて、年齢は私より年下でしたが職歴では少しだけ先輩でした。

当時はお互い別に付き合っている人がいたので恋愛感情などは無かったのですが、私的には見た目がタイプで話も合いお気に入りの同僚でした。

元旦那さんと付き合うようになったきっかけ

入社時は同じ店舗だったのですが、その後人事異動などで店はバラバラになりました。
元々仲が良かったので店舗が違っても同僚で遊ぶ時によく顔を合していました。

私が入社してから1年ほどたった時に、また一緒の店舗で働くことになりさらに仲良くなりました。
そのころ彼には、入社時から付き合っていた彼女との間に子供も出来、籍を入れる予定で一緒に住んでいました。でも、彼女の家の問題で彼との間に亀裂が入り子供もおろし、別れることになりました。

その数か月後、相談を受けていたりみんなで遊んでいたりと私たちの距離が近くなり、付き合う事になりました。
彼は頑固で言い出したら聞かない部分やコミュニケーション能力が低かったけれど、私がそこはカバーすれば大丈夫だと思っていました。

元旦那さんとの結婚生活

交際を1年ほどして私たちは先に入籍ました。
インドアな人なのであまり出かけることはありませんでしたが、好きな人と一緒にいる時間はとても幸せでした。

私は、結婚したらパートくらいで働こうと思っていましたが、会社の人手不足の為なかなかパートに切り替えてもらえず、仕事が忙しくなってしまいました。

旦那は役職が変わり私より帰る時間も早く、私の方が帰るのが遅い毎日。
仕事を終えて帰ってご飯を作ったら10時半なんてざらでした。
先に帰っている彼はお腹を減らし、我慢が出来ない時はコンビニでご飯を買ったり、カップラーメンを食べていました。
嫁なのに、旦那さんにこんな思いをさせていることに胸が痛くなりました。

こんなに忙しくなるとは思っていなかったので、入籍から3か月後に結婚式の予約を入れていたのでさらに忙しく・・・。

家事や結婚式の準備を忙しくても彼は手伝ってくれず、仕事や家事、結婚式の準備と多忙で私はへとへとでした。
あの時、少しでも手伝ってと言えばよかったのでしょうが、正直私がした方が効率が良いなどと思っていたので全部自分で抱え込んでいました。

忙しくなっていくうちに彼から「忙しいのは嫌」と言われました。
私からすると、彼は特に忙しそうに見えず「こっちの方が忙しいのに何言っているんだろう」と思っていました。
その時は「忙しい時期だからしかたないよ」と彼に言い聞かせましたが、彼の不満そうな顔を今でも覚えています。
基本のんびり何にもとらわれたくないようなタイプの人なので、予定がたくさん詰まっているのが嫌だったみたいです。

相変らず何も手伝ってくれない日々が続き、私も自然と職場で愚痴がこぼれてしまうようになりました。
同じ会社で愚痴を言えば彼の耳に入ることもあるのにそこまでちゃんと考えれていなかった自分が馬鹿だったなと今では思います。

元旦那さんの態度の変化

無事に新居も決まり、結婚式も終えてから旦那さんの様子が少し変わってきました。
同僚と遊びに行くことが増え、ご飯も一緒に食べないなど頻繁に家を空けるようになりました。
最初は忙しくなくなったから少し気晴らしに遊んでいるのだろうと思っていました。

でも、仕事のシフトも教えてくれなくなり、誰とどこに遊びに行っているのか聞いても「なんで言わないといけないの?」というようになり始めました。
会社が一緒なのでどこに居て何をしているかの情報は入ってきていたのですが、彼から直接言ってくれることは無くなりました。

そのうちそれに耐えれず彼の同僚に相談をしました。見かねた同僚が彼のシフトや飲み会情報などをくれるようになりました。
ですが、彼はそのやり取りが嫌だったようでさらに出歩くようになり、休みの日も遊びに出かけて帰ってこなくなりました。仕事の日は連絡もなしに帰らない、休みの日は行先も告げず出かけて行く。

話をしようとしても話す本人がいないので出来ず、いる時に捕まえても「察して」の一言。話になりませんでした。
そして、誕生日にはおめでとうの言葉もなく、結婚記念日には家にも帰ってこず、彼は彼の実家に一人で帰っていました。

こんな状態が不安になり彼のお母さんに相談しても「彼の好きにさせてあげて」というだけ。
「楽しく遊んできて、帰ってきてどこ行ってたの?とか言われたら気分悪いでしょ?」と言われ、全然頼りにならずむしろあっけにとられるほどでした。

こんなひどい生活が10ヵ月ほど続き、この間に「別れたい」「おもんない」と何回も言われ、期限が悪いと壁を蹴ったり扉を壊したり・・・。
そんな事をしてくる割に、1週間ほど優しくなったり、また冷たくなったりの温度差で私の心はボロボロでした。期待などしない方が良いのだとこの時思いました。

元旦那さんとの離婚まで

こんな状態で迎えた元旦に「離婚して欲しい」と言われました。
まさか、元旦にこんな事をいわれるなんて思ってもおらず、悲しくてそのまま実家に戻りました。
一人で正月に実家に帰ると親もびっくりしていました。こんな状態がずっと続いていたので、もう耐えることも出来ず親の顔を見た時に涙があふれだし、全て話しました。

私の親も彼に電話してくれましたが、親に連絡さえも返してきませんでした。
この日から数か月別居しましたが彼の気持ちは変わる事もなく話し合った結果離婚になることに。
最後に「私は悪くない、悪いのは自分だ・・自分は結婚に向いていない」と言われました。そんな言葉を掛けられても私に残るのは、悲しみと怒りだけです。

後日、マイナンバーが彼の家に届いた連絡を受け一度彼との家に戻ると彼はおらず、勝手にカバンから持っていってとの事でした。
カバンは新しくなり、机には見たことのない男物の人気の時計。彼の鞄の中からは女性ものブランドのアクセサリーの封筒を見つけました。

これを見つけた時心臓が止まるかと思いました。まだ離婚前で浮気の可能性もあったので探偵を付けるか悩みましたが、これ以上精神的ダメージを受けたら私の心が壊れると思いそのまま離婚しました。

わたしは一人じゃないと気付く

彼と同じ職場だったので、一緒に働きたくないので私は仕事を辞める事にしました。
職も無くし、離婚もして私には何もないと落ち込んでいましたが、そんな時親友や地元の友達が私を支えてくれました。
私を励ます会をしてくれたり、いろいろな場所に遊びに連れて行ってくれたり、外に連れ出してくれました。誰かと一緒にいることで気持ちが楽になり、だんだん笑えるようにもなりました。
この時、私は一人じゃないという事に気づきました。

私が辛くて悲しい時、そばにいてくれる友達がいる。
私を助けようとしてくれる人がこんなにもいた事に離婚してから気付くなんて・・・。
幸せな時はそれが当たり前だと思っていて、その大切さに気付いてないんだなと思いました。

離婚してから聞いた話で思った事

仕事を辞めてからも職場の人とは付き合いがあり、彼の職場の人から離婚前の彼の話を聞きました。
彼は私と本当の家族になりたかったみたいです。何でも言い合って喧嘩の出来る家族がうらやましい、もっと家に居て欲しかったなどと職場の人に話していたようです。

この話をお互いがちゃんと向き合って話すことが出来ていたら何か変わっていたのかもしれません。嫌われるかもしれないからと発言できなかった私や、察してくれるだろうと言わなかった彼では上手くいくわけ無かったのだと。
「いつか分かってくれるだろう」とか思っていましたが、言わないと通じない事、話すことの大切さ、相手を思いやる気持ちが欠けていたのでしょう。

もう、失敗しない為にも

離婚してから時間も経ち、今となっては気持ちは落ち着いています。
相手を思いやる気持ち、相手に伝える勇気とその大切さを離婚を通し学びました。

離婚してすぐのころは、離婚している私なんて・・・と思っていましたが今は違います。
マイナス思考になるのではなく、人より濃い経験をしている分人の気持ちに敏感になれる事。
辛かった思い出をバネに次こそは幸せになる為に、相手を思いやる気持ちを大切にしていこうと思います。