私の父はサイコパス!「化学物質過敏症」の原因は父でした

かっきー
私は小さい頃から「化学物質過敏症」という厄介な病気を抱えていました。父はずっと親身になって私を支えてくれ、信頼していましたが、ある日父が家中にスプレーしていました。炊飯器の中のご飯にも・・・。父はサイコパスだったのです。しかし、今だに父と一緒に暮らしています。

私の病気に誰より親身だった父

私は子供の頃から「化学物質過敏症」という厄介な病気を抱えていました。
名前の通り、化学物質を吸ったり食べたりすると過敏に反応してしまう病気です。

殺虫剤や塗料、野菜の残留農薬などに反応して頭痛や不整脈、頭がぼーっとするなどの症状に悩まされていました。

しかしそんな中、父はずっと親身になって私を支えてくれました。
病院に行く時は必ず付き添ってくれたり、学校の先生に私の病気について配慮してもらえるよう頼んでくれました。
家の中の建築溶剤の臭いで具合が悪くなると、換気をしてくれたり、引越しも何度も協力してくれました。

女たらしでお金の使い方の荒くて、趣味は昆虫標本作りという少々変わった人でしたが、私にとってはいいお父さんでした。

それだけ協力してもらったにも関わらず、私の病気は徐々に悪化していきました。
大学生の時にはキャンパス内にいると激しい頭痛や不整脈が頻繁に起きるようになっていました。
最終的には通えるような状態ではなくなってしまい、私はなくなく大学を辞めることになりました。

落ち込む私に向かって、父は「大丈夫だよ。何があってもお父さんは味方だからな」と優しく励ましてくれました。

こんなに優しくて私のことを想ってくれるお父さんはいない・・・この時の私はそう思っていました。

それが仮面だと気付いたのは、大学を辞めて1年くらい経った時のことでした。

大学を辞めた後、見えてきた父の異常性の片鱗

大学を辞めてから、私は自宅で療養を続けていました。
しかし体調は一向に良くならず、家の中でも度々不整脈が起こりました。
「こんな状態で外に出たら倒れてしまうかもしれない」と怖くなり、一歩も家から出ないようになっていました。

そんな私の毎日の楽しみは料理をすることで、特に父のお弁当のメニューを考えるのが好きでした。

ある日の夜、いつものように作った父のお弁当を鞄に詰めていると、スプレータイプの整髪料が鞄の中に入っているのに気が付きました。

私は以前、整髪料に含まれている化学物質の臭いで具合が悪くなったことがあったので、父は気を遣って整髪料を家で使わないようにし、会社に置いて会社で髪をセットしてくれていました。

「どうして鞄の中に入っているのだろう・・・間違えて持って帰ってきたのかな」と思い、私は具合が悪くならないようすぐに鞄を閉めてその場を離れました。

しかし翌日の朝、私はありえない音を聞いてしまいました。家の廊下で何度もスプレーを撒く音が聞こえてきたのです。
化学物質の臭いのするものを一切置かないようにしているので、家の中にスプレー容器は一つもありません。
あるのは、昨晩父の鞄に入っていた整髪料だけ。

寝室で寝たフリをし息を潜めてスプレー音を聞いていた私は、父が会社に行ったのを見計らって寝室を出ました。
すると、廊下中に人工香料の香りがしていました。
おそらく、あの整髪料の臭いです。直後激しい頭痛に襲われた私は、慌ててマスクを装着し、家中の窓を開けて換気をしました。
そして、翌日の朝も同じスプレー音を聞きました。

父がサイコパスであるという現実を突きつけられた

「本当に、父が家の廊下に整髪料を撒いてるのだろうか・・・」と自分が聞いた音が信じられなかった私は、小型カメラをこっそり家の中に設置することにしました。

私の空耳であればいいと願っていたのですが、カメラを確認すると、整髪料のスプレーを撒いている父の姿がありました。
父は笑みを浮かべながら廊下に整髪料を撒いていました。

廊下だけではなく、洗面所もリビングなど他の場所にも撒いていました。
そして一番衝撃的だったのは、台所に置いてあった炊飯器の中のご飯に向かってスプレーを吹きかけていたところです。

私は目を疑いました。

呆然とカメラを見ながら、父が昔から、液体の入った小さいスプレー容器をよく持ち歩いていたのを思い出しました。

「外で手を消毒するために使う」といったようなことを父は話していましたが、あれは本当に言葉通りの用途で使われていたのでしょうか。
もしも、子供の頃から化学物質を吹きかけられた食事を食べていたのだとしたら・・・。

体に化学物質が溜まった状態で、家の中や私物に付着した化学物質を吸い続けていたのだとしたら・・・。

「どうしてこんな病気になってしまったのだろう」と長年疑問に思っていたことが、スッと解けたような気がしました。

父はサイコパス的な思考の持ち主で、私が病気で苦しんでいるところを見るのが快感だったのです。

そして何も知らず、父を頼る私のことが愉快で仕方なかったのでしょう。
今まで気付けなかったのは、父がそれほど慎重に、巧妙に行動していたということなんだと思います。

そして私も、父のことを心底信じきっていたのです。

父にとって私がどういう存在なのか、ようやく理解した

家の中や食べ物から化学物質の臭いがする。
化学物質が撒かれたか、どこかで付着したとしか思えない」と、私は曖昧な言い回しで父に聞くことにしました。

父は無表情で私の話を聞いていました。
表情がすっかり抜け落ちていて、まるで仮面が剥がれたような感じがしました。

そして私に向かって、「どうして核心に迫ろうとして、最後にぼかすのかな?」と笑顔で言いました。

父のその言葉に、私は耳を疑いました。
父は私が気付いたことに動揺したり怯えたりすることはなく、むしろどこか楽しそうでした。

父の反応を見て、「ああ、私は父の昆虫標本の、標本にされる虫と同じなんだ」と理解しました。

父にとって私は、薬品の入った瓶の中に詰められて殺される虫と大差ないのです。

化学物質の充満した部屋の中で、化学物質にまみれた食材を食べさせられ、気付けば手遅れだったというわけです。

私は証拠の動画を消去しました。
警察に証拠を提出して、運良く父の悪事が裁かれたとしても、私には何のメリットもありません。

外でまともに働くことのできない体になってしまった私が、どうやって父のいない世界で生きていくことができるのでしょうか。
それに、父の悪事を明らかにすれば、私は即座に、直接的な方法で父に殺されてしまうかもしれません。
そんなのはごめんです。

サイコパスの父から私が学んだこと

私は今も、何事もなかったかのように父と暮らしています。
父も以前と変わらない態度で、何事もなかったように優しいお父さんのままです。

父という人と一緒にいて私は、人には色々な面があるということを身を持って学びました。

生身の人間は物語の登場人物のように、「こういう思考の人間だから、こういう行動をするだろう」と簡単に予測できないものです。
長年一緒にいて、相手の全てを知り尽くしているように思えても、それは相手の一部でしかないのかもしれません。
最近、そういったことを考えるようになりました。
人は複雑な生き物で、だからこそ深みがあるのかなぁと。

私と同じような境遇にある人はなかなか少ないかもしれませんが、面と向かって立ち向かうことはあまりお勧めしません。

可能なら、そう言った人と離れるのが一番良い解決方法だと思います。
もしも逃げられないのなら・・・なんとかして自衛しましょう。

あれから私は、毎日家の中を拭き掃除するようになりました。
食事も化学物質を入れられないよう工夫し、少しでも化学物質を体内に取り込まないようにしています。

私は、今の生活をあまり悲観的に考えていません。
常に危険が身近にある状況だからこそ、1日1日を大切に生きていこうと思えるようになりました。

朝目を覚ますことも、掃除をすることも、料理をすることも、私にとっては鮮やかな1日です。
今後も父という人と向き合いながら、毎日を大切に生きていきたいと思います。

これからの私の目標は、とりあえず・・・父より長生きすること、ですね。